2021/09/14 00:29
最近“海鮮はむ”に関係するちょっと嬉しいことがありました。
ある日のこと、一日に一回かかるか、かからないかの会社の電話が鳴ったので、
受話器を手に取り、「はい、加賀ひかりフーズです。」といつものように応対しました。
「もしもし、○○放送の○○です。以前・・・。」と電話の主は応えた。
かすかな記憶がよみがえり、あ、あの時の番組取材のディレクターさんであることを思い出しました。
「実は、久しぶりにあの時の“海鮮はむ”のことを思い出し、お使い物に使いたいと思って、○○デパートへ問い合わせたのですが、今、あるのは“たこはむ”のみです。」と言われたので、直接こちらに電話したとのことでした。
創業以来、テレビ番組に自社の商品を取り上げてもらったことは、二度あります。
●一度目のテレビ出演
最初は香林坊にある某ケーブルテレビ局のスタジオ出演でした。
当時○○新聞に掲載された“海鮮ぶり棒”という商品を開発した時のエピソードが目に留まったのだろうか、新聞記事の約1週間後にその某ケーブルテレビ局から電話がかかってきました。話の内容は、番組に出演して商品開発にまつわる話をしていただけないだろうかというような依頼でした。
「はい、いいですよ」と軽い気持ちで応諾したこともあり、すんなり出演が決定しました。その数日後に白衣と“海鮮ぶり棒”、“海鮮はむスライス”“海鮮テリーヌ”などの商品を持って、香林坊にあるスタジオに出かけました。
生まれて初めてのテレビ出演で舞い上がっていたのかもしれない。15分間のその番組中に何をしゃべったのか、今となっては全く思い出せないのですが、スタジオ内の照明が眩しいくらいに明るかったことは、良く覚えています。
また、番組の最後の方でそれまでほとんど発言しなかった男性キャスターによる“海鮮ぶり棒”の試食があったのですが、一口食べてから「美味しいです!」が発せられたので、ほっとしました。
●二度目のテレビ出演
それから約1年後に二度目のテレビ出演となったのが○○放送による取材でした。
“海鮮ぶり棒”が石川ブランド優秀新製品賞に認定されたので、ネットか何かに載った記事が○○放送の担当ディレクターの目に留まったのであろう。
その時もある日突然その担当ディレクターの○○さんから直接電話がかかってきて、“海鮮ぶり棒”の製造現場を取材したいという依頼でした。
「はい、いいですよ」とこの時も軽い気持ちで応諾したこともあり、すんなり取材が決定しました。
数日後に担当ディレクターを含む総勢4名の番組スタッフが工場を訪ねてきました。
約半日をかけて“海鮮ぶり棒”の製造工程の一部を取材し、最後に女性キャスターと私がそれぞれ左手に“海鮮ぶり棒”、右手に“ビールジョッキ”を持って、乾杯しておしまいというようなストーリーの仕立てであったと記憶しています。
取材した内容は、次の週に現在でも続いている○○放送の某番組で放映されたので、自分もテレビの前に座ってじっくり観ることができました。
このように二度もテレビで自社の商品を取り上げてもらったのですが、いくらローカル番組とはいえ、世の中の反応が全く期待したほどではなかったことは、意外でもあり残念でもありました。
それはともかくとしてそんなことでご縁ができたディレクターの○○さんが数年ぶりに当時のことを思い出してくれて、“海鮮はむ”をお使い物に使いたいからと言って下さったのであります。